代々商売人の家系に生まれ、厳格な両親と破天荒な祖父のもとで育つ。9歳のころから「どうせ死ぬのに、なぜ生きるのか」と問い続けた子どもだった。
17歳で突然の反抗期。水商売の世界に飛び込み、人々の「知られざる話」に魅了される。大学を即中退、北新地へ。20歳で摂食障害を発症し、22歳には体重26kgで命の危機を宣告され閉鎖病棟へ強制入院。その生死の淵から這い上がったとき、仏教哲学・心理学・易など「生きることの答え」を求める探求が始まった。
24歳でシングルマザーとなり経営者の道へ。ラウンジ、麻雀店、エステ、ネイル、眉毛サロンなど複数店舗を展開。その後コンサルタントとして多くの経営者に関わるなかで、「お金やスキルだけでは人は幸せになれない」という確信を深める。4度の結婚と離婚(元夫たちとは今も仲がいい)、子宮頸癌の発症と完治を経て、42歳でついに出家。阿闍梨の道を歩み始める。
京丹後市久美浜のレイラインが交わる神聖な地に湊宮月蝶院を開山。御護摩・天命学鑑定・「死に方宣言」講座などを通じて、生と死に正面から向き合い、笑いながら語れる場をつくることに尽力する。思いがけない妊娠に悩む若い女性への相談支援、小中高生への包括的性教育、女子少年院篤志面接委員としての活動にも精力的に取り組む。2026年4月、若年女性支援団体NPO法人うみのさと設立。
「全ての人が笑って死ぬために。人生全部、ネタにするために。」